2019年6月12日

 ノートルダム大聖堂の火災、スリランカの教会へのテロ、カリタス学園のことなど、最近はカトリックを巡る事柄・国際問題などがニュースとなっています。

 

 

 

 フランシスコ教皇がイスラム諸国や非カトリック国を訪問し、秋には日本にも来られるとのこと。

 

南米・アルゼンチン出身者として、イタリアからの移民三世として、歴史的大転換期に立って身体的な全感覚で諸地域の現状・文化・伝統・国民性などを知り、その上で“神の国の福音宣教”の未来への展望を見つけようとされているのでしょう.

 

 

 

 イエス・キリストによる神の福音は全人類への各時代に告げられる希望のメッセージ。

 

宇宙的に人間の行動範囲が広まっている“今”、西欧文明基づく聖書解釈を超えて地球上どこにも(普遍的)ある神の業を見いだすことが目的でしょう。

 

 

 

 難民への食料配分の不均衡、疫病問題などの環境問題・富の配分の不均衡・民主義の低落など21世紀の世界的課題を神の福音による視点で読み解こうとされていると思います.

 

 教皇様が遠い日本へ来られるのは視察旅行でもなく、もちろん観光旅行でもありません。

 

 ヨーロッパから見れば、極東・東のはずれの小さな島国に流れる“精神的な豊かさに”触れること、経済面では驚異的な成長と不景気ともなっても“静かに佇み それなりの平和を保つ”が国民性へ関心もあるのでしょう.

 

 私たちも単なる歓迎行事やイベントで終わることのないように、この国にある豊富な歴史的伝承と生活が厳しいとはいえ、大きな争いもなく、世間的平和を共有している日本文化と小さなグループとしての教会の力強さを見てもらいたいものです。

 

 

 

 最大の課題は物的繁栄の中で「耐えて苦しむ“孤独な弱者”の心が如何に伝わるか」でしょう?

 


2019年5月20日 ジュリア祭で神津島へ

 第50回ジュリア祭に参加しました。

 ジュリアは神津島に流された韓国人のキリシタン女性です。

秀吉の名により朝鮮へ出兵した小西行長(キリシタン大名)が帰国時に親を亡くした婦女子を日本に連れ帰りました。ジュリアはその一人です。しかし、彼は関ヶ原の合戦で家康に敗れ、石田三成らと共に斬首されました(1600)

 

 家康は行長の元で育てられ洗礼を受けたジュリアを江戸に住まわせ、大奥で働かせていたのでしょうか。ジュリアがキリシタンと分かると、島流しの刑に処し、ついには神津島まで流されました。後に島民の手によって彼女の記念碑がこの島に建てられ、お花が供え続けられています。

 その事実が分かったのが今から55年ほど前です。その後、島の伝承を受け、ジュリア祭は東京教区の一つの記念行事となって50年続いています。数百年も続いている「言い伝えと死者に向かう崇敬」は大切な事実です。

 

 現代は何事も科学的実証が求められていますが、人間の技術では知り得ない真実があることも無視できません。

なぜなら、「私が産まれた」のは親の力だけですか?

私は信じます。「もっと大きな恵みがある」と信じます。

 

※最近の調査によれば、ジュリアが肥後国で洗礼を受けたことが記されている洗礼台帳が発見されています。

※朝日新聞2019年5月15日付夕刊,4 (1)


2019年4月23日 イースター2019

 

 

主イエスの復活は神の直接介入の唯一の出来事です。

人間の知性と知能と科学の力では決して起こらない唯一の賜物ですね。

この神秘を信じる人は幸いです。

 

その人は人間の手でなされる破壊や暴力や争いなどを心から悼みます。

自分の無力さを知って、失望しても一度自分の呼吸を止めて自分が作られたものである

自分の命が天から授けられたものと気づく時、ヨブ記にあるようにそのどん底から立ち上がらせていただきます。

 

 

まさに主イエスの復活は主の恵みを信じる人にのみ与えられる恵みです。


2019年4月9日 元号発表を聞いて

 

41日はあるテレビ局の取材で11時頃から元号発表のテレビを見ていました。私は「永・栄・英」を期待していましたが、令和という発表を聞いて「外れた」と思いつつも、万葉集と聞いて思わず手元の万葉全集を取り上げました。

 

 令和という発表を聞いて律令国家のイメージが浮かびました。総理は梅の香りになぞらえた大和国家の美しい自然の豊かさを説明され、私は四季豊かな縄文以来のこの国の美しい民族の誇りをくすぐられました。

それにしても、あまりに行き届いたセレモニーに唖然としました。さすが優れた演出。恐れ入ります。ふとアベノミクスのからくりかと

 

 本筋に戻しますが、「令」という文字は広い意味ではなく、「しめる」、命令を下すという語源が漢和辞典を見るとあります。国家の権威である法の令によって和をもたらす、という解釈もできますね。令によって平和をつくろうという意味にとることもできます。とにかく、日本語は倭国の言語である日本語の漢字は多種多様に解釈できますね。令和という元号を神の令で世界をつる、天地創造の方のお望みに従って、すべての民族、様々な文化、言語を使う地球上の民がバベルの塔を建てようとするのではなく、ノアのように自然災害の兆候を読み取り、一人でも多くの人の命が健康を保たれ、心安らかな和・和みのある明日に向かって新時代の徴となりますように祈ります。

 

 

 

 私自身は梅の香りと桜の美しさと菊の香りと秋の紅葉を思い浮かべております。

 

   秋の夕日の・・・

 


2019年2月19日

16日は鈴木淑夫さんの『試練と挑戦の戦後金融経済史』について、17日は白数直美さん(NHKエデュケーショナル)のイスラエル・パレスチナ個人旅行レポートを映像つきで聴きました。両日とも20名(一般参加者は10名、当教会信徒は7,8名)近くの集いでした。

 

鈴木さんのお話は第二次世界大戦後の東京の焼け野原と、多くの浮浪児の話から始まりました。私は小学3年生のとき、父に連れられて小石川の焼け野原と上野駅の浮浪児の群れを見たことがあり、怖いと感じて父の手を握った記憶が蘇りました。その後、父と共に親戚の家を訪ねるため、東京に来ては街の変化に驚かされました。ちょうどその頃からの日本経済の発展とバブル時代までの経済金融政策の学問的分析を聴いて感心しました。ソロモンのバブルの話を重ねて聞いていました。これに関しては後日書き記したいと思っています。

*参加者から、戦後の米国とのつながり、ドル相場の変動とか経済のしくみについて、あらためて聴きたいという要望がありました。

 

17日は白数直美さんの話で心と体とメッセージがつながる感動的な話でした。この場で分かち合うことができず残念ですが、伝えるのではなく、《伝わる》というメッセージの伝え方に内的衝撃を受けています。真の生きた出会いを自分の言葉で語れる道を探りたいと思います。

 

鈴木淑夫さん、白数直美さん、ありがとうございました。


2019年2月14日 聖書にもお金の話が幾つもある

1.生きる知恵は富の分かち合い

 

  アブラハムの旅:富の蓄積と分かち合いと土地の取得

 

 

 

2.分かち合いの時の欲の質

 

    ノア:未来を読み取る生き方

 

    バベルの塔の物語:力と富への飽くなき欲求の様と滅びの末路

 

 

 

3.王の務め(統治能力・支配者の智慧)と責任

 

  国家成立の背景:成長、繁栄と没落の理由、原因

 

     サウロ王の選出と愚かさ

 

    

 

ダビデ・ソロモンの統治の長所と欠落:繁栄と没落の要因

 

    国民の未来を考える姿勢の欠如

 

 

 

4.国家(政府)が倒れても生き残る知恵

 

    「残りの者」の思想が旧約聖書のメイン メッセージ

 

     アモス書:統治者への警告

 

     イザヤ、エレミヤ、エゼキエルら預言書

 

 

 

5.新約聖書(イエス・キリストの知恵ある生き方)・神の国の福音とは

 

     貧しい時も、悲しい時も、悔しい思いの時も、幸せと思い込んでいる時も

 

     死を覚える時も…・・

 

       「神の国」はどこにあるか?

 

     統治者の心に見えるか?

 

     

 

マタイ福音書5章 山上の垂訓

 

  ルカ福音書6章  平地の説教

 

 

問) 見えないお金が蔓延る世の中を生き残る知恵は何処にあるか?

 

 

 

神の福音は、国家の政策と繋がり、個人の喜びと生活と関係があります。

 

信仰と政治も強い繋がりがあります。責任が問われています。

 

個人主義と行き過ぎたヒューマニズは、無責任な生き方にはまります。

 

ポピュリズム、大衆迎合な考え方は自分を不幸の罠に貶めます。

 

キリストの喜びと感謝の心を深めましょう。